vol.2 環境設計のデュアルシステム ― 「静」と「動」を使い分ける空間の技術

居場所における環境設計は、単なる「部屋の片付け」ではありません。それは、利用者の内面で揺れ動く「安心したい(回復)」と「やってみたい(活動)」という二つのニーズを、物理的に支えるための技術です。

私たちは今回、この「デュアルシステム」を空間で体現するために、拠点の部屋を役割の異なる場として再定義しました。


1.  空間における「デュアルシステム」静と動の共存

 

居場所を必要とする子どもたちの心理状態は、日々、時間ごとに移り変わります。 「誰とも話さず、自分の世界にこもりたい時(静=Beingの保障)」もあれば、「誰かの気配を感じながら、何か活動を起こしたい時(動=Doingへの挑戦)」もあります。

私たちは、この一見矛盾する2つの状態をひと部屋の中に意図的に共存させています。

ポイントは、「入り口から奥へ進むにつれて、静から動へとグラデーションが変化していく」という、一般的な設計とはあえて逆の発想を取り入れた動線計画にあります。



2. 入り口から奥へのグラデーション

 

① 【入り口付近:静のエリア】個別の学習・パーソナルスペース

  • 扉を開けてすぐのエリアは、あえて少し空間を区切った「個別スペース」にしています。

    〇設え: 机に向かって集中できる、勉強や一人だけの作業のための空間。
    〇心理的効果: 部屋に入ったばかりの緊張感が高い状態の子どもや、まだ集団に混ざるエネルギーがない子どもが、まずは「ここに座っていいんだ」と自分の身を落ち着かせるための、最初の防波堤(安心の聖域)となります。

    ② 【中間:移行のエリア】作業テーブルによる「横並びの関係」
    個別スペースから一歩進んだ中央エリアには、しっかりとした作業テーブルと椅子を配置しています。


〇設え: 椅子に座って、工作やボードゲームなどができる空間。
〇心理的効果: ここは「静」から「動」への移行エリアです。スタッフや他の子どもと正面から向き合うのではなく、「作業の手元」や「作品」という共通の対象を介して、斜めや横並びの自然なコミュニケーションが生まれる場所です。

③ 【部屋の奥:動のエリア】本棚と大型ソファのリラックス・活動空間
部屋の最も奥に、空間の主役である「小学校から譲り受けた大きな木製本棚」を配置しました。

〇設え: 壁面に並ぶたくさんの本。その手前には、身体を深く預けられる大きなソファと、リラックスできる空間が広がります。
〇心理的効果: 廃校から引き継いだ「学びと地域の記憶」を宿した本棚に包まれる安心感(インナーの母港)を感じながらも、ソファで寝転がったり、集まってe-スポーツを楽しんだり、自由に活動できる「最も動的な空間」です。入り口の「静」で守られ、中間の「作業」で心がほぐれた子どもたちが、最終的にたどり着き、自分を開放(エネルギーを再起動)するための滑走路となります。



  • 3. なぜ、この設計が「安心安全」を創るのか?

    この配置の最大の特徴は、「奥に行くほど賑やかになり、しんどくなったらすぐ入り口(個別スペース・外)へ戻れる」という安心感にあります。


    もし、入り口が賑やかな「動」で、奥が「静」だったらどうでしょう。疲れている子どもは、入り口の賑やかさに圧倒されて、部屋に入ることすらできません。
    入り口に「静」があるからこそ、子どもは自分の心理的コンディションに合わせて、「今日は入り口の個別スペースで過ごそう」「ちょっと調子がいいから、真ん中のテーブルでみんなの様子を見よう」「今日は奥のソファでみんなと盛り上がろう」と、居場所を主体的に選択できるのです。


    最後に

    「物には記憶がある」

    私たちが大切にしている言葉に、「物には記憶がある」というものがあります。

    今回、部屋の最奥に据えた本棚や図書、そして子どもたちが使う机や椅子は、地域の小学校でかつて多くの子どもたちが使い、愛されてきたものです。地域の学びの記憶を宿した道具たちに囲まれることは、子どもたちが「自分は地域や歴史という温かい文脈の中に確かに存在している」と、非言語のメッセージとして受け取ることでもあります。

    壁を作らず、家具の配置と光のグラデーションだけで、子どもたちの心を守り、育てる。 これが、私たちの実践する「居場所学」の空間構造です。

    施設にお立ち寄りの際は、ぜひこの「一部屋のグラデーション」を体感してみてください。

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